コンクリートの化学的侵食は、一般的な構造物ではほとんど見られない劣化現象です。しかし、近年では風雨にさらされるコンクリート構造物は酸性雨によってコンクリート表面の化学的侵食を受け、劣化が見られるようになってきました。
今回はその化学的侵食について説明していきたいと思います。
この記事でわかること
1. コンクリートの化学的侵食とは
コンクリートの化学的侵食は、 コンクリートが外部からの化学的作用によって、セメント硬化体を構成する水和生成物が変質や、分解を起こし、結合能力を失っていく劣化現象を総称して「化学的侵食」といいます。
化学的侵食はその劣化機構によって以下の2種類に分けられます。
①セメント水和物の溶解
コンクリート中のセメント水和物と化学反応を起こす事で、本来水に溶解しにくいセメント水和物を可溶性物質に変えてしまう事で、コンクリートが多孔質化したり分解したりすることによって骨材の露出や骨材の脱落などの劣化を起こします。
劣化を起こすものの例としては、酸、動植物油、無機塩類、腐食性ガス、炭酸ガスなどがあります。
②セメント水和物と反応して膨張
コンクリート中のセメント水和物との化学反応によって、新たな化合物を生成し、膨張する事で、その膨張圧によりひび割れや剥離を起こしコンクリートを劣化させます。
劣化を起こすものの例としては、動植物油、硫酸塩、海水、アルカリ濃厚溶液などがあります。
2. 化学的侵食の主な種類
コンクリートの化学的侵食は、主にセメント水和物の溶解と、化学反応による膨張によって引き起こされますが、その原因は多岐にわたります。
ここでは5種類の化学的侵食について説明したいと思います。
①酸による侵食
コンクリートに含まれる炭酸カルシウムは、酸と化学反応することで、二酸化炭素を出しながら溶解します。酸による化学的侵食の特徴は、侵食が表面から徐々に内部に向かって進行し、表層部のセメント硬化体が溶解し内部の骨材が露出してしまいます。さらに侵食が進行すると、骨材を取り囲むセメント硬化体もぜい弱化し、骨材を保持する事が出来ず骨材が剥落し、コンクリートがやせ細ってしまいます。
②アルカリによる侵食
コンクリートはそれ自体が強アルカリ性である為、アルカリそのものに対する抵抗力は高いですが、非常に高濃度の水酸化ナトリウムには侵食されてしまいます。特に、乾湿の繰り返しがある場合には劣化が激しくなります。
③塩類による浸食
塩類による浸食で代表的なものは、硫酸塩による化学的侵食で、ナトリウム、カルシウム、マグネシウムなどの硫酸塩が、セメント中の水酸化カルシウムと反応して二水せっこうを生成し、更にアルミン酸三カルシウムと反応しエトリンガイトを生成して著しい膨張を引き起こします。
④油類による浸食
一般に、酸性物質を含まない鉱物油はコンクリートをほとんど侵食しないが、動植物油のように多くの遊離脂肪酸を含有する場合には、酸として作用しコンクリートを侵食する場合があります。
⑤腐食性ガスによる浸食
コンクリートに侵食をもたらす気体としては、塩化水素、ふっ化水素、硫化水素、二酸化硫黄などがあります。塩化水素やふっ化水素、二酸化硫黄は、水に溶けて酸を生成することでコンクリートを浸食します。
硫化水素は、硫黄酸化細菌の作用等によって酸化されて硫黄酸化物となり、水に溶解して酸を生成しコンクリートを浸食する場合と、ガス状で水中に溶解し解離した硫化水素イオンがカルシウム化合物と反応して易溶性のカルシウム塩を生成しコンクリートを浸食する場合とがあります。
3. 化学的侵食を引き起こす化合物の種類と程度の目安
コンクリートに化学的侵食を引き起こす化合物としては、硫酸や塩酸等、化学薬品のようなものをイメージしがちですが、以外なことに動物由来の油等によっても侵食が発生します。
ここではコンクリートの化学的侵食にかかわる化合物について、説明していきたいと思います。
①ほとんど作用しないか、またはまったく作用しないもの
- しゅう酸
- 硝酸カルシウム
- 過マンガン酸カリウム
- すべてのけい酸塩
- パラフィン
- ピッチ
- コールタール
- ベンゾール
- カーボゾール
- アセトラセン
- Cumol
- アリザニン
- トリオール
- 全ての石油又は鉱物油
- ロジン油
- テレピン油
- ニシン油
- 牛の脂油
- 肝油
- けし油
- アルコール
- さらし粉
- 塩水
- ほう砂
- ほう酸
- フルーツジュース
- ぶどう酒
- タンニン酸(酸性でなければ)
- 砂糖きびと砂糖大根
- 蜂蜜
- 塩漬けキャベツ
- 糖蜜
- 酢酸ナトリウム塩
- 新鮮なビール
- 10%以下の水酸化アルカリ溶液
- 10%以下の硝酸アルカリ溶液及び硝酸カルシウム溶液
②ある条件のもとでは浸食するもの
条件1:もし濃度が高い溶液であれば普通の浸食を起こすもの
- 炭酸カリウム
- 炭酸アンモン
- 炭酸ソーダ
- 洗濯ソーダ
条件2:もしそれがコンクリートの乾燥湿潤を繰り返すときには、軽く表面を分解するもの
- 塩化カリ
- 塩化ストロンチウム
- 塩化ナトリウム
- 塩化カルシウム
条件3:コンクリートが空気に露出されるとき、かなり激しい浸食をするもの
- 綿実油
- オリーブ油
- なたね油
- ひまし油
- からしな油
- やし油
- ココナッツ油
- しゅろ油
- さらし粉の溶液
条件4:その他特殊な条件下で浸食するもの
- 密閉して作られたすっぱい干草はゆっくりと浸食していく。甘い干草はいくらか浸食するが、すっぱい干草と比べると少ない。
- 砂糖溶液と少し生成された糖蜜は、温度が高ければ著しい浸食を示す。うす黒い糖蜜は、これらより浸食の程度は低い。
- 重炭酸ソーダはその溶液の濃度が高ければ特に著しい浸食を示す。
- ミルクまたはバターミルクは乳酸の存在によって浸食する。
- 尿は新鮮な時には何の作用もないが、古くなるといくらか浸食する。
- グリセリンはその溶液の濃度が4%を超えると、浸食する。
③普通の浸食を起こすもの
- 天然における酸性の水
- オリーブ油
- 魚油
- 気の抜けたビール
- 重硫酸塩液
- 干草
- クレオソート
- 酢酸カルシウム液
- 重炭酸アンモン
- 塩化アルミニウム
- 洗浄剤
- 遊離を含んだインク
- ほう酸ソーダ(ほう砂)
④かなり激しい浸食を起こすもの
- 酢
- 酢酸
- フミン酸
- 炭酸
- 石炭酸
- リン酸
- 乳酸
- タンニン酸
- 酪酸
- 没食子酸
- ぎ酸
- 酒石酸
- オレイン酸
- ステアリン酸
- パルミチル酸
- 塩化マグネシウム
- 塩化第二水銀
- 塩化鉄
- 塩化亜鉛
- 塩化銅
- 塩化アンモニウム
- 塩化カルシウム
- 硝酸カリウム
- 硝酸ソーダ
- 硝酸アンモニウム
- 硝石
- クレゾール
- フェノール
- キシロール
- カーボレニウム
- リゾール
- jeyes fluid
- せんだん油
- だいず油
- アーモンド油
- ウォルフラム油
- ピーナッツ油
- くるみ油
- アマ油
- 牛脂
- ラード
- がちょう油
- 牛の骨髄
- アンモニア塩
- 水酸化アンモニウム
- ソーダ水
- コーンシロップ
- 乳漿
- 窒化物
- ぶどう糖
- みょうばん
- ココア油
- ココアの豆
- コーヒーの豆
- 重硫酸カルシウム塩
- フタール酸塩
- 硫化ナトリウム
- 重硫酸ナトリウム
- チオ硫酸ナトリウム
⑤非常に激しい浸食を起こすもの
- 硝酸
- 塩酸
- ふっ化水素酸
- 硫酸
- 亜硫酸
- 水酸化カリ
- 水酸化アンモニウム
- 水酸化ナトリウム
- 硝酸アンモニウム
- 硫酸アンモン
- 硫酸コバルト
- 硫酸銅
- 硫酸カルシウム
- 硫酸第一鉄
- 硫酸アルミニウム
- 硫酸カリ
- 硫酸ソーダ
- 硫酸ニッケル
- 硫酸亜鉛
- 硫酸マグネシウム
- 硫酸マンガン
- あざらし油
- さめ油
- 鯨油
- たら油
- 羊の足の油
- 馬の足の油
- りんご油
- ぎ酸アルデヒド溶液
- 灰汁
4. コンクリートの化学的侵食はどのような場所で起こるのか?
一般的な環境においては、化学的侵食が発生することはほとんどありません。
化学的侵食が発生しやすい場所は、温泉地帯や酸性河川流域、酸性・硫酸塩土壌等に建造された構造物等がその代表例になります。
特に日本では温泉地帯が多く、構造物に対して温泉水及び酸性土壌、大気中の噴気ガスが影響を及ぼし、これらの化学的成分と熱がコンクリートを劣化させます。コンクリートには、温泉の成分により浸食度は異なりますが、硫酸塩、炭酸塩、遊離酸の成分を含む温泉水は、一般的に浸食度が大きくなります。
特に硫酸塩は、コンクリートを激しく浸食させます。例えば、コンクリート中の水酸化カルシウムと硫酸ナトリウムが反応して可溶性の石こうを形成し、さらにカルシウムアミネートと反応して、生成物を針状結晶化します。
この結晶圧により、コンクリートは著しく体積膨張が生じひび割れを起こします。また、硫酸によりシリカゲルが生成する為、コンクリートが剥落します。
さらに塩化物は、硫酸塩ほどではありませんがコンクリートを侵食させます。コンクリート構造物に侵食した塩化マグネシウムは水溶性の塩化カルシウムを生成します。塩化カルシウムは高い濃度では複塩を作り、鉄などの金属塩は水溶性の塩化カルシウムを生成し、コンクリートを剥落させます。
炭酸は、遊離炭酸の濃度が高いと可溶性の重炭酸カルシウムを作り浸食します。コンクリートに対するこの温泉成分の侵食は、温泉のpHが低い(酸性)ほど、また温泉の温度が高いほど著しく現れます。
また、下水道関連施設や化学工場・食品工場等の特殊環境下にある構造物等でも、しばしば化学的侵食が問題となっています。主に下水処理場や工業地帯で注意すべき化学腐食は、コンクリート中のセメント水和物が腐食生成物と反応して溶出し、組織が多孔化したり、膨張を生じたりする劣化現象が挙げられます。
5. 化学的侵食の対策
コンクリートに化学的侵食が発生すると、セメント水和物の溶解や化学反応によって生じた膨張などによってコンクリート構造物自体の耐力低下や、ひび割れの発生、はく離や剥落等が生じてしまいます。化学的侵食が鉄筋部分まで達した場合は、ひび割れやアルカリ性の低下等によって、鉄筋を保護する事が出来なくなってしまいます。
一般的な対策としては、樹脂ライニング等によってコンクリート表面に保護層を施し、酸などの化合物の侵入を防止する対策が施されています。
6. まとめ
コンクリートの化学的侵食は、温泉地や酸性土壌、化学工場等特殊な環境下で見られる劣化現象でしたが、産業活動などによって発生した排気ガスにより、酸性雨が降り注ぐようになった事で、多くのコンクリート構造物が化学的侵食にさらされるようになってきました。
コンクリートの化学的侵食は、一般的な劣化現象のひとつになっていくのかもしれません。