日経ビジネス №1770 2014年12月15日号

「大動脈から毛細血管へ」

北海道の中小企業が、日の丸連合の断念したモンゴル市場を独力で攻める。

南米企業が、世界に君臨する米系2大コーラに東南アジアで挑む。

日米中欧の「大動脈」からは見えにくい「毛細血管」経済が生まれつつある。

モンゴルの首都・ウランバートル口外。なだらかな丘陵に見渡す限り草原が広がる中、新空港の建造が進められている。

年約200億円を売り上げる中堅コンクリート製造、會澤高圧コンクリート(北海道苫小牧市)グループの現地法人・會澤モンゴルに務める今寿彦氏はその現場を見て絶句した。

「これじゃあ、話が違う―――」

視線の先にあったのは、骨材とセメントを攪拌して生コンクリートを生産する3基のプラントだ。

會澤モンゴルもこの工事への参画に意欲を持っていた。だが、求められるコンクリート生産設備のスペックが必要以上に高く、コンクリートの配合についても基本的な方針が折り合わなかったため断らざる得なかった。ところが、受注した競合が現場に建てたそれは、どう見ても要求スペックから数段落ちるものにしか見えない。

結局、あの無理難題は日系企業を追い出したいだけだったのかー――。

ODAなのに韓国企業が工事

新空港の建造は、総工費およそ500億円を円借款で賄うODA(政府開発援助)事業だ。モンゴル民間航空局から三菱商事と千代田化工建設のJV(ジョイントベンチャー)が受注した。

しかし、「短納期や低予算を求められるというハードルの高さから大手の日本企業が手を挙げなかった」(関係者)。このため、同JVは韓国系のサムスン物流に同工事を発注した。形式上は日系企業が担うことの多い円借款事業にもかかわらず、韓国企業が施工するという事態になったわけだ。

そこから始まったのが、下請けからの、事実上の「日系企業外し」だ。

新空港の建造に向けて生コンクリートを供給しているのは、サムスン物流と業務提携を結んでいる地場企業のグループ会社だ。

日系の會澤モンゴルには高スペックの工場建造を求めて断念に追い込みながら、仲のいい地場企業には安価な設備で許す。身内に受注させたいというサムスン物流の思惑によるものと理解するほかなかった。

グローバル市場で当然と思われたルールが通用しない。円借款案件から日本が締め出される。まさに仁義無き闘いの一光景だ。

前段でみた、環太平洋を舞台に地域と地域が時には太平洋を超えて結び合う「毛細血管」のようなモノ・カネの流れ。アジア太平洋経済協力会議(APEC)に最後発で加盟すると見られているモンゴル、300万人弱市場への進出は、そうした動きの最たるものだろう。

毛細血管の先にある新興市場は時にリスクが高く、一つひとつの規模は日米欧の市場ほどに大きくない。だが、規模でなく成長性で見ればその評価は反転する。

日本の大企業は大動脈の発想から抜けられずに、モンゴルでの新空港プロジェクトを事実上失ってしまった。一方、會澤モンゴルは空港のプロジェクトをほぼ断念することになっても、この国の市場を諦めなかった。

北海道という地方出身のコンクリート業者が、直接、モンゴルに進出する。それはまさに「毛細血管」を地でいく挑戦だった。

物々交換で決済する世界

ウランバートルの冬はマイナス30度を下回る厳しい冷え込みになる。凍結するため、どの業者も生コンクリートを供給することができない。結果、冬期の数カ月は、あらゆる建築工事が止まってしまう。

だが、會澤グループには、北海道で鍛えた寒冷地でのコンクリート供給のノウハウがある。厳寒対策を施し、1年中供給できる体制を整えた。

白い湯気を出しながら、ミキサー車が冬の道を走っているのを見て、車体に書かれている電話番号に電話してくる業者も出た。「なぜお前のところは冬も出せるんだ」。話題を集め、しばらくして受注は軌道に乗った。

商業施設や大型マンションなどの他、ゲル(遊牧民が使う移動式住宅)を公営住宅に置き換える事業の需要が大きい。石炭をたいて暖を取るゲルは深刻な大気汚染を引き起こしており、これを改善するために、ゲルが並ぶ地区を壊して新たな工営団地を建造するプロジェクトが進んでいるのだ。

競合するのは、中国勢、韓国勢、地場のモンゴル勢など。100万人強しか人口のないウランバートルに生コンプラントが100以上林立し、熾烈な価格競争に陥っている。だが「冬季でも供給できる」という点と、その高品質は、飽和する業界にあっても強みになった。

苦労もある。例えば決済だ。今のウランバートルでは、代金の10%、30%から、多いときは50%まで「モノ」で払う、という取引が一般的だ。例えばマンションの部屋、車、家具やオフィス備品など。古い商習慣だが、景気減速とともにその比率を高めている。

当然ながら、受け取ったモノが評価通りに売れないというリスクが常につきまとう。だが、今氏と10人のモンゴル人従業員たちは、奔走しつつ何とかして売るか、原料会社にこの「モノ」で払うかして乗り越えた。

リスクは大きく、しかも、一つひとつの案件は、空港などの大型事業に比べれば決して大きなものではない。それでも會澤モンゴルは年間5億~6億円前後まで売上を積み上げた。

會澤グループが進出するのは、モンゴルの他、極東ロシア、ミャンマー、ベトナム、中国。中国を除けば「新・新興国」と呼んでいい進出リスクの高い国々だ。會澤グループ率いる會澤祥弘社長は言う。「日米欧は、秩序とルールの世界。ここだけ見ていればいい時代はよかった。だが、今は千差万別のルールに飛び込んで戦わないといけない。ゲームのルールは変わった」。

大動脈の発想からは考えられないような動きが太平洋を舞台に次々に生まれている。そこに姿を見せつつあるのは、巨大な経済圏の中で、中小企業から大企業まで、それぞれのプレーヤーが無秩序な動きを見せながら、市場陣取り合戦を繰り広げるダイナミズムだ。

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