生物のように傷を治癒?自己治癒するコンクリートの世界

コンクリートに発生したひび割れをコンクリート自身が感知し、内部に組み込まれた修復機構によって、人の手を加える事なく自ら修復を進めていく―。そう、まるで生物の人体のケガが自然に治癒していくように。

そんな夢のような技術、「自己治癒コンクリート」がいま現実のものに近づいています。

自己治癒コンクリートの研究は世界中の様々な機関で行われており、近年では「微生物とコンクリートの融合」とも言うべくバイオ技術を活用した修復技術に注目が集まっています。

その他にも様々な方法で自己治癒コンクリート実現のアプローチが行われています。

この記事では、世界中の様々な自己治癒コンクリートの研究についてご紹介していきます。

1.  コンクリートの自己治癒・自己修復技術について

コンクリートは比較的安価で大量生産ができ、耐久性も高い材料であるため、建築構造物やインフラ構造に用いられるようになってから100年以上が経っています。

コンクリートには練り混ぜ時に多くの水分が使用され、この水はセメントとの水和反応で消費されるほか空気中に蒸発することで減少し、その際にコンクリートは収縮します。この乾燥収縮によって、コンクリート構造には大小の差はあれ、収縮ひび割れが発生してしまうことを避けることができません。

このような、コンクリートに避けることができず発生するひび割れについて、コンクリート自身が発生を検知し、自ら補修の必要性を判断し、その決定に基づいて自ら補修を実行するものを自己治癒コンクリートと呼び、その機構によって自然治癒、自律治癒、自己修復の3つに分類されています。

自己治癒の定義

2.  バイオ系自己修復技術

2-1.  バチルス菌を利用したバイオコンクリート「Basilisk」

オランダのデルフト工科大学の研究者らは、バチルス菌(枯草菌)を利用した新しい自己治癒コンクリートを開発しました。

この技術は、乾燥状態に曝されると自らを芽胞に包んで休眠するバクテリア胞子と栄養分(乳酸カルシウム)をカプセルに封入し、コンクリートの中に混ぜ込むことで硬化後にひび割れが発生して雨水などが浸入するとバクテリアが胞子の殻を破って活性化します。

活動を始めたバクテリアは栄養分を取り込み石灰石を生み出して、ひび割れを充填することでコンクリートが修復されるという仕組みです。

この技術に利用されるバクテリアはコンクリート中の高いアルカリ性に耐性を持ち、胞子の殻で自らを保護し休眠した状態では200年生存するといわれています。

また、このバクテリアは人体に対する影響のないカテゴリに属し、安全性が高く、他の化学的補修材と比べ環境負荷が小さいとされています。

最近ではこの技術を活用した製品の日本での販売権を會澤高圧コンクリート株式会社が取得し、国内販売に向け実証実験を進めています。

2-2.  イースト菌、納豆菌を活用した自己修復技術

菌類を用いたコンクリートの修復技術は、日本国内においても研究されています。

愛媛大学の研究チームでは、北海道大学の川﨑教授の微生物を利用した地盤改良技術(バイオグラウト)をベースに、イースト菌と納豆菌を利用してコンクリートのひび割れ中に炭酸カルシウムを蓄積させて修復する研究を行っています。

こちらは前述のオランダの例とは違い、ひび割れの中に菌類とカルシウム源、菌類の栄養素からなるバイオグラウト液を注入することで炭酸カルシウムを発生させ、ひび割れを埋めることで透水量が減少するとされています。

使用する菌類によって栄養素となる物質は異なり、イースト菌の場合はスクロースを、納豆菌は尿素を栄養として活動するそうです。

イースト菌も納豆菌も主に食品を発酵させる働きに利用されてきましたが、このようなコンクリートの修復技術に活用できるなど菌類の可能性というものはまだまだ広いと考えられます。

参照:論文 微生物代謝を利用したコンクリートのひび割れ補修工法の開発

2-3.  魔法のマッシュルームがコンクリートを修復

アメリカにおいても社会インフラの劣化は深刻で、今後有効な対策が施されなければ2025年までにビジネスの喪失によりおよそ4兆ドルの損失がもたらされるといわれています。

このような問題に対し、ニュージャージー州ラトガース大学の研究チームでは「魔法のマッシュルーム」によってコンクリートを修復する試みを行っています。

ラトガース大学のチャン准教授たちは、高いアルカリ環境でも発芽しコンクリート中で繊維状の組織を発達させるトリコデルマ・リーゼイという菌類(カビの一種)を発見しました。

コンクリートを練り混ぜるときに胞子状の菌類を混合し、一旦休眠状態にさせてひび割れが入って水分が浸透すると胞子の殻を破って菌類が活動を始めるのはデルフト工科大学のチームと同じ発想ですが、このカビを使った修復の特徴は、ひび割れ内に菌類の繊維を発達させ、そこに炭酸カルシウムを形成させて充填していくことが特徴的です。

参照:Screening of Fungi for Self-Healing of ConcreteCracks:コンクリートのひび割れの自己修復に使用する菌類の選考

2-4. 人工バクテリアがひび割れを修復する BacillaFilla

コンクリートのひび割れ修復の目的で、遺伝子改造したバクテリアを、イギリスのニューカッスル大学の学生チームが開発しました。現地の合成生物学のコンテストに応募されたもので、BacillaFillaと名付けられています。

コンクリートに発生したひび割れに注入されたBacillaFillaはひび割れ内を泳動し、炭酸カルシウムとレバンスクラーゼ(酵素の接着剤)を生成し、細長いフィラメント状に変化します。

フィラメント状となったBacillaFillaは、コンクリート補強繊維のようにひび割れ内部に絡みつき、炭酸カルシウムがその繊維の周囲に析出します。

レバンスクラーゼは炭酸カルシウムとフィラメント状のBacillaFillaを接着酵素で固めていきます。

BacillaFillaの元となった菌は枯草菌(B. subtilis 168)で、その胞子は、アルカリの高いコンクリート中の環境下でも耐えることができます。なお、遺伝子改造によりBacillaFillaには自己破壊遺伝子組み込まれているため、コンクリートの修復が終わるとその寿命を終え、自然環境化で増殖することはないとのことです。

参照:BacillaFilla: Fixing Cracks in Concrete

3.  非バイオ系自己修復技術

バイオ系以外の自己治癒コンクリート技術に関する国内での研究には、コンクリート中に樹脂や接着剤などを内包したガラスパイプやカプセルを混和するものや、コンクリート自身が元来持っている自己治癒効果を明らかにしたもの、長期的にセメントと反応することでひび割れを修復する膨張材や高炉スラグ微粉末、フライアッシュを活用したものなどがあります。

3-1.  補修材の封入によるひび割れの自己修復メカニズム

東北工業大学の三橋教授などの研究グループは、コンクリート中にあらかじめ補修材を内包させておき、コンクリートの破壊に応じてその補修材を機能させるシステムの検討を行っています。

その手段としては、補修材を封入したマイクロカプセルをコンクリート中に混入する方法と補修材を内包した細いガラスパイプを埋め込む方法の2種類の手法を提案しており、コンクリートにひび割れが入ることでマイクロカプセルやガラスパイプが破壊され、内部から補修材が染み出てひび割れを修復する仕組みになっています。

3-2.  膨張材などを利用した自己治癒技術

東京大学生産技術研究所の岸教授などのグループでは、1990年代後半から自己治癒コンクリート技術の研究に取り組み始めました。

最初はコンクリート中のセメント量を多くし、未反応のセメント分を多くすることと膨張材を多量使用することでひび割れが入っても閉塞する技術でした。

その後、膨張材や膨潤材などのカプセル化、造粒化などの改良を加え、現在では骨材の表面を自己治癒材料でコーティングするという「準カプセル化」とも言える方法で自己治癒技術のコストダウンを図っています。

3-3. 全自動自己修復システム(ASRS)

日本大学のサンジェイ准教授は、人が傷を負ったときに出血した痕がかさぶたになり、時間と共に治癒していく仕組みをコンクリートに採り入れた「全自動自己修復システム(ASRS)」を開発しました

この技術は、コンクリートを打設する際にチューブを張り巡らせ、コンクリートが硬化したあとにそのチューブを引き抜くことで構造体の内部に空洞を作ります。

その空洞を人間の動脈のようにネットワークさせることで、ひび割れが発生した際に空洞中に特殊なエポキシ樹脂を流し込み、ひび割れを修復する仕組みです。

エポキシ樹脂の粘度を変更することで、幅3~4mmのひび割れを、約3日で修復することができるとのことです。

既往の研究や経験によって、荷重や地震によるひび割れは、引っ張り力が発生する側に生じることが分かっています。 ひび割れの発生する可能性の高い場所に沿って空洞を配置し、ネットワーク化することで、効率的な修復システムの構築が可能です。

4.  中国での自己治癒コンクリートの研究

このような自己治癒コンクリートの研究は、日本、ヨーロッパ、アメリカのみならず中国でも研究開発がされています。

その中にはオランダ・デルフト工科大学と同様の理論のものもあれば、他に例のないユニークな技術もあります。

こうした中国での自己治癒コンクリート研究について、数例ご紹介していきます。

4-1. 深圳大学 塩素イオン反応カプセル

深圳大学の研究者により、2015年の6月に科学雑誌「Nature」のScientific Reportで発表された「A novel capsule-based self recovery system with a chloride ion trigger」というタイトルのレポートは、修復液または鉄筋の防錆剤が含まれたカプセルの崩壊が、コンクリートのひび割れによるものではなく、塩化物イオンの浸入によるものであることが喜寿されています。

これは、塩化物イオンに溶ける材料で作られたカプセルをコンクリート製造時に混入し、外部から濃度0.1%以上の塩化物イオンが浸透してカプセルに到達すると、カプセルの膜が破れて内部の修復液または防錆剤を放出して、ひび割れ修復と鉄筋腐食を防止する事が実現できる技術です。

実用化や普及の方法について、詳細な記載はありませんが、カプセルの材料について金属イオン(Ag+、Pb2+など)を含む反応性材料(キレート化されたアルギン酸銀など)とされています。

4-2. 太原理工大学 バクテリア修復技術

ひび割れ自己治癒の手法として、デルフト工科大学の技術を完全に中国にアレンジしたバクテリア自己治癒コンクリート技術があります。

太原理工大学では、バクテリア(Bacillus cohnii)を中国国内で調達し、培養してからバクテリアの栄養分である乳酸カルシウムと一緒に混合して、膨張真珠岩で作った人工骨材に封入してコンクリートに混入する。

このことで、最大0.56mmの幅のひび割れを修復する事ができるとの事です。

中国の技術誌「混凝土」の2017年第六期に掲載されたレポートには、バクテリアの働きによりひび割れが修復していく様子や、バクテリアの入手ルートや培養。増殖の方法及び人工骨材表面のコーティング方法などが詳細に記述されています。

4. まとめ

かつてはメンテナンスフリーの材料と言われたコンクリートも、高度成長期に建設された構造物が建設から半世紀を迎え、修復や大規模補修、設備の更新などの時期となっています。

これらのメンテナンス作業には使用規制や通行止めなどのサービス休止期間が必要で、このようなサービス休止が多数発生することは大きな経済損失を招きます。

現在まだコンクリートの自己治癒・自己修復技術は発展途上ですが、コンクリート自身が損傷を自律的に修復し性能レベルを維持していくことができれば、構造物のライフサイクルの中でメンテナンスにかかるコストを非常に低く抑えることができます。

そしてこれらの修復機構が化学薬品や化合物によらず自然界に存在するバクテリアの力によってもたらされるのであれば、非常にコストも安く、かつ低炭素なものとなるでしょう。

バクテリアは地球上のあらゆる環境下に存在し、その種類も働きも様々です。糖を分解してアルコールを作ったり、牛乳を発酵させてヨーグルトを作ったり、光を発する発光バクテリアや粘着性のタンパク質を作り出す接着バクテリアまで!

今後もバクテリアとコンクリートの組み合わせには要注目です。