日経コンストラクション №668 2017年7月24日号

「微生物で自己治癒するコンクリート オランダ発の革新技術が日本に初上陸」

微生物を利用してひび割れの自己修復を可能にした革新的な材料がオランダから日本に上陸した。會澤高圧コンクリート(北海道苫小牧市)が、同技術の権利を持つベンチャー企業、バジリスク・コントラクティングと日本国内での独占販売契約を結んだ。開発者であるオランダ・デルフト工科大学のヘンドリック・ヨンカース準教授に聞く。

(聞き手は日経ホームビルダー編集長、浅野祐一)

――そもそも、生物でコンクリートを自己治癒するというメカニズムはどのようなものなのですか。

バシラス属のバクテリアの活動を用います。乾燥すると胞子状の殻をまとうバクテリアで、休眠状態で200年も生存することができる生物です。高いアルカリ性の環境下でも死滅しない種です。

バクテリアに栄養分である乳酸カルシウムを与え、水と酸素が供給されると、バクテリアが活動を始めます。バクテリアは乳酸カルシウムを分解し、二酸化炭素を排出。炭酸カルシウムが生成し、ひび割れを埋める成分として働きます。

――コンクリート中に微生物などをどのように入れておくのですか。

バクテリアを乳酸カルシウムで包んで粒子状にします。これを生分解性プラスチックで覆って混和材を作ります。コンクリートに練り混ぜると、生物の反応を利用した自己治癒コンクリートができます。生分解性プラスチックは、練り混ぜ時には混和材の形状を保ちます。ところがコンクリートが固まると殻がもろくなっていきます。コンクリートにひび割れが生じて水が進入すると、もろくなった生分解性プラスチックの殻を破って水は栄養素やバクテリアに届きます。ここで、休眠していたバクテリアが活性化するのです。

――バクテリアと栄養分をひと塊の混和材として入れるアイデアは、すぐに実現できたのでしょうか。

当初、バクテリアと栄養材を軽量骨材に入れる方式でスタートさせました。しかし、水の供給によってひび割れが埋まる硬化は確認できたものの、軽量骨材の量が多くなって、コンクリートとしての強度確保が難しいという壁に突き当たりました。

微生物と栄養を砂サイズの粒子に

続いて、バクテリアを栄養分で包み、エポキシ系の材料でコーティングしたタブレット状の粒子を製造する方法を試しました。粒子の大きさは4mmのオーダーです。ひび割れを埋める効果は確認できましたが、コスト高という課題が残りました。

そこで、バクテリアと栄養素で包みこんだ粒子を生分解性プラスチックでコーティングする方法を試しました。粒子の大きさは1.2~4.2mm程度で、砂と同程度。粒度を均一にしていないのは、細骨材のように粒度をばらつかせて、均一に材料が行き渡るようにしているためです。

――コンクリートと生物を結びつけるという斬新な研究は、どのようにして始まったのですか。

私は、海洋生物の研究者でした。地球温暖化に伴なう微生物の挙動などを研究していたのです。デルフト工科大学で自己治癒材料の研究プログラムがスタートすることになり、そこに呼ばれたのがきっかけでした。

同大学では微生物による土壌の安定化などの研究が行われていました。石灰石の主成分となる炭酸カルシウムをバクテリアが生成するメカニズムは、石灰石の地層などが酸性雨で侵食・風化される状況の改善などに応用できるものです。

大学の同僚から、「コンクリートの自己治癒に微生物を使えないか」と聞かれたのですが、私自身は微生物による反応をコンクリートに生かすことなど考えてもみませんでした。そもそもコンクリートのことはほとんど知りませんでしたから。ただ、コンクリートの研究者と知り合うとすぐ、微生物による反応を応用できるのではないかと確信しました。

――開発されたコンクリート技術は欧州で製品化されているそうですね。

自己治癒コンクリートに用いる混和材と既設コンクリートを補修するモルタル、ひび割れを補修する液体の補修材の3種類です。技術に関する特許を確立した後、2014年にバジリスクというベンチャー企業を立ち上げ、製品の販売を開始しました。

新設タンクや屋根補修で採用実績

混和材は、新設する際のコンクリート練り混ぜ時に加えます。オランダで建設された貯水タンクのプレキャストコンクリートとして試験的に採用されました。補修用のモルタル材料でも、ビルの地下壁面の補修で採用実績があります。

液体の補修材は、ライフセーバーの詰め所の屋根で生じていた雨漏りの補修に使いました。コンクリート屋根の厚さが6cmしかなく、乾燥収縮によって生じたひび割れによる漏水を止めるために、我々に相談を持ち掛けられたのです。液体の補修材を塗布したところ、補修後に漏水は収まっています。

この液体の補修材は2つの液体を使って施工するものです。片方がバクテリアと栄養分、アルカリ緩衝材が入ったもので、もう一方がカルシウムを多く含んだ溶液です。2つの液体が混ざると緻密なゲルを生成。時間とともに硬化していきます。

床などに塗布するだけで1回当たり幅0.2mmのひび割れを補修することができます。既にドイツ、ベルギーでも使われており、15年の発売以降、30万~40万㎡を施工するだけの量の販売実績があります。

混和材は5kgで25ユーロ

――これらの製品の性能は。

基本的にコンクリートの強度回復については性能を保証していません。しかし、ひび割れを埋めて水の進入を抑えるという機能回復はできます。例えば、コンクリートに混練材を練り混ぜてつくるタイプの自己治癒コンクリートでは、最大で幅1mmのひび割れまで対応可能です。コンクリート1m3に対して混和材を5kg入れておくと、幅0.4mmまでのひび割れを自己治癒できることを確認しています。

液体タイプの材料では直径17cm、厚さ2cmのコンクリートのテストピースに0.2~0.4mmのひび割れを入れ、液体の補修材を施工して、4週間後に漏水の状況を確認してみました。供試体の上部に供給した水量とひび割れからの漏水量を比べて補修された度合いを確認すると、ひび割れの多くが修復され、漏水を抑えていることが分かりました。

この液体タイプの補修材は、補修工事に要する時間がとても短くて済みます。床であれば4時間で6000㎡の範囲を施工可能です。

――採算性はいかがですか。

新設のコンクリートに用いる場合、混和材を加える分のコストは高くなりますが、ひび割れが起こるたびに補修を繰り返すのに比べれば、ライフサイクルコストは抑制できます。

オランダ国内での製品コストは、生コンクリートの混和材が5kgで22~25ユーロ(約2500~2900円)。液体の補修材は、1㎡の補修に必要な材料価格がオランダ国内では4~5ユーロ(約460~580円)です。アジアにも広がりつつあり、韓国や中国、シンガポールなどで、製品の販売に向けて動いています。

日経コンストラクション

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