セメント新聞 2015年12月14日号

「札幌圏のマザー工場 會澤高圧コンクリート札幌菊水工場
pMp製造技術を開発 材料技術深く掘り下げ」

會澤高圧コンクリート札幌菊水工場は01年、高強度コンクリートの国土交通大臣認定をわが国で初めて工場単独で取得した。また、社会の変化を先取りしたコンクリート製品や新しい産業モデルを提案し、最近も「水分割練りペースト(pMpコンクリート)を製造する技術を開発した。社内にあってはアカデミーという私塾を設け、実践力のあるエキスパートの育成に注力している。

會澤高圧コンクリート株式会社(本社・苫小牧市、會澤祥弘社長)の創業は、前身である會澤コンクリート工業所の設立(1935)に遡る。セメント瓦を製造し全道に供給していた。その後、ヒューム管やパイル製造などに

着手し、コンクリート製品を総合的にラインアップするまでに業容を拡大してきた。生コン製造に本格参入したのは68年頃で、地区業界では後進とされる。日高地区や日胆地区を振り出しに、83年に角山に工場を構えて札幌地区へ進出。技術力による差別化を推進し、會澤實会長は70年に実施された第1回コンクリート技士試験を受験して合格。翌71年には第1回主任技士試験にも合格した。五十音順で番号が振られたため、わが国初の主任技士(認定番号00001番)となった。

また、東京大学・東京理科大学の樋口芳朗教授(故人)が中心となって進めていた研究(SEC:水を分割投入して練混ぜることで骨材表面を「造殻」するセメント造殻コンクリート)に参画。早速、技術導入し、角山工場や千歳工場に二段式ミキサや砂の表面水を一定にするサンドコントローラなどの設備を整えた。「材料技術は当社のコアであり、五感を通じて顧客が求める要求品質のコンクリートをきっちり練り上げて、信頼に応えてきた。生家は工場の構内にあり、材料へのこだわりは私が幼い頃からの当社の原風景ともいえる。父親(現会長)からは食事中でもコンクリートの話を聞かされた」(會澤社長)

同社は<CONCRETE BASICS FOR LIFE>をスローガンに、材料技術を深く掘り下げ、社会の変化を先取りしたコンクリート製品や新しい産業モデルを提案している。最近も、極めて小さい水セメント比でセメントペーストを先練りしたあと、残りの水、次いで骨材を加え、練り混ぜて製造する高機能・高耐久な「水分割りペースト(pMp)コンクリート」を製造する技術を開発した。高い保水力を有し、ブリーディングの発生を大幅に抑制でき、水和がゆっくりと長期間持続する。二次水に少量の凝固遅延剤をあらかじめ添加すると、数日間にわたって水和反応が停止しコンクリートを打設する現場の工程に合わせて硬化時間を制御できる。アイザワ技術研究所が中心となって開発した。現場の工程に合わせて最適なフレッシュ性状を引き出せるのが大きな特徴だ。

独自に開発したファウンテンミキサは、攪拌性能に優れるコーンタイプで、中軸スクリュー羽で材料を巻き上げ、落下する材料を反転する外羽でさらに攪拌する。

このミキサを中核に既存プラントからセメントと水をバイパスで引き込んでpMpを製造し、直接アジテータ車に投入する設備「pMp製造モジュール」を札幌菊水工場に設置した。

設現場内でコンクリート構造部材を製造し、現場で組み上げるオンサイトプレキャストでの活用などを想定している。工場で製作するプレキャスト製品を遠隔地の現場へ搬入する現行の方式に比べ、CO2排出量を約4割削減できると試算しサスティナブルなコンクリート技術として採用を働きかけている。

札幌菊水工場は旧北海道菱光社のプラントで、ミキサは強制二軸、容量が2500リットル(光洋機械産業製)。札幌圏におけるマザー工場で、研究開発および新人教育の拠点でもある。試験室には工場長のほか4人が所属。大手ゼネコン技術研究所の窓口となり、特殊ニーズにも決め細かく対応している。HQシステムは札幌と苫小牧に配置しているが、司令塔はここにある。システムを導入して13年が経過し、IT技術も進化。来年7月完成予定で現在、更新作業を進めているところだ。

アカデミーで人材育成

高強度コン 国交大臣単独認定1号

札幌菊水工場は01年8月、高強度コンクリートと鋼管充填コンクリートの国土交通大臣認定を、わが国で初めて工場単独で取得した。高強度コンは普通セメントを主な材料とし、認定範囲は設計基準強度30~51N/mm3(以下、N)。鋼管充填コンは同45~60N(管理強度51~72N)だった。それまでは高層ビル等の個別の受注物件に応じて大手ゼネコンと共同で申請・取得するケースしかなく、同年6月にJRタワー(札幌駅)に出荷するため、鹿島と共同で大臣認定を取得した。

「高強度コンが2000年になって突如、改正建築基準法37条に基づく国土交通大臣認定を得なければならなくなった。高強度を必要とする案件はほとんどがプロジェクトベース。規格商品としていつでも出せる体制を整えるためには工場の単独認定を取得しないと駄目だと考え、当社はいち早くチャレンジした。設備的な要件から試験や評価方法の在り方まで認証機関と二人三脚で作業を進めた」(同)結果、事実上プラント単独大臣認定制度の“産みの親”となった。

その後、02年11月に札幌石山工場と、札幌発寒工場が60Nまでの単独認定を同時に取得。05年8月には札幌菊水工場が100Nまでの単独認定を取得し、100Nの大台超えも最初に果たした。

同社は「伝統的に、技術やビジネスモデル変革のさきがけを担うことが多い。プラントをネットワークさせた集中管理システム『HQ』(ヘッドクォーターの略)も業界に先駆けて開発、導入した」(同)

札幌圏の7工場を結んで02年から運用を開始し、その後、道央や日高にも広げていった。配車廻りが軸になるが、札幌菊水工場にシステム本体を設置し、各工場の受注残を含め、当日の出荷がどういうピッチで進行しているのか全てわかり、司令塔の指示に従って全プラントが動いている。現場はセンターに問い合わせるだけで、どの工場の配送ピッチの変更にも即応してもらえる。

こうしたプラントのネットワーク化を究極まで推し進めたのがグループ会社ウップスのCVSシステム。10基のネットワークされた無人プラントをわずか2人の本部スタッフで運営する仕組みだ。ウップスが大臣認定取得の申請をした際は、従前の工場の発想とあまりにも違うため、国交省、建築研究所、4つの性能評価機関すべてが委員に加わる特別認証体制がつくられた。「業界の反発もあるなか、最終的には認めざるを得ないとなったが、前例のなき厳しい審査に当社も非常に鍛えられ、重力練りも含めて、本質的な研究に取り組む契機になった。この経験がなかったら、新技術(pMp)まで到達できなかっただろう」(同)

社内にあっては、コンクリート技士や同主任技士等の資格よりも、実践力を重視する。「資格は持っているがコンクリートをデザインできない“ペーパードライバー”を増やしても仕方がない。当社では通称アカデミーという私塾を設け、確かな設計思想を持ちながら配合を自ら組める実践力のある人材の育成に力を入れている」(同)

「ゴールは、たった一人で海外の生コン製造現場に放り出されたとき、材料の様々な制約を受け入れながらも自らの判断で最適な配合を設計できるタフな人材を育成すること。よって技術面だけでなく全人格的な教育訓練でなければならない」

アカデミーは資格がなくても受講でき、男女の区別もない。「顧客の要望を聞いて、自分で配合設計できる技術者が当社にとって一番の宝物だと思っている。この層の厚みで生コンメーカーの真の力が決まる。決められたことを踏襲するだけの技術者が増えていることに危機感を持っており、実践を通じて鍛えられた戦力を確保するため、2年前からアカデミー教育に注力している」(同)

アカデミーは初年度に10人、今年度は6人が受講している。「三度の飯(めし)よりコンクリートが好きという人間が確かにいる。ひと晩中、コンクリートの話をしながら酒を飲める集団は理屈抜きで強い。高度経済成長時代にコンクリート工学をリードしたのは、そういう熱い先達だった。その薫陶を受けた最後の世代が少なくなったが、まだ残っている。今引き継がないと手遅れになる」(同)

団塊世代のベテラン技術者が次々と職場を離れることを補完する即戦力として養成しており、月2回、金曜と土曜の朝9時から午後5時まで、酒井副校長を含め、5人の講師陣が指導している。遠く本州(東京)から参加する社員や、コンクリート技士の資格取得だけで満足できない女性エンジニアの姿も。対象者は、ある程度経験を積み、学ぶ意欲のある中堅が選抜される。

「昨年は5人ずつ2班に分けて指導したが、毎週金曜・土曜の時間がとられて、講師側の業務が回らなくなったため今年は1班にスリム化した」(酒井亨副校長、執行役員技術統括)。講義内容は材料をはじめ、品質管理、硬化後のコンクリートの性状、化学混和剤(材)、配合設計などのジャンルに分けて年間カリキュラムが組まれ、骨材試験から始めている。

「我々の若い頃は、明日からこの材料で生コンを練ってみろといわれるのが当たり前の時代だった。オーナーから指示されると必死になって試験練りした。現在はJIS規格により、使用材料の変更も難しくなる一方、良質な骨材資源が減少の一途を辿っている。枯渇してからでは遅い。文献をあてにせず、自分の目で見て、実際に触れることでよい骨材、コンクリートを識別する感覚を養ってもらうのが一番の目的だ。実践により多くの時間を割き、人間性も磨いている。ノミニケーションによる仲間意識の醸成もテーマのひとつだ」(同)。太平洋セメントの協力を得て、上磯工場のプラントや鉱山見学も取り入れている。

「卒業試験は、とにかく厳しい。初年度は沖縄から取り寄せた骨材で配合を組ませ、私の指示する呼び強度とスランプの生コンを練ってもらった。目標強度に比べプラス10%、マイナス5%の範囲を超えると不合格になる」(同)。救済策として一度だけ、再試験も実施する。昨年は合格ラインぎりぎりの人も含めて皆、卒業できたが、「果たして今年はどうなるか」(同)と笑みを浮かべる。修了者には卒業式で合格の楯が社長より授与される。「アカデミー卒業生をさらに鍛える、より高度なカリキュラムも準備して行きたい」と酒井副校長は話している。

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